12月18日
本格的なワインの試飲会に、篠さん(女性フォトグラファーのグルメ友達)が声を掛けてくれた。なんでもこの試飲会は、彼女の気功の先生である幸枝さんとだんなさまの清則さんが定期的に開かれているそうで、今回はベトナム料理とのマリアージュを楽しむ催しなのだという。
幸枝さんのお話は、篠さんから度々聞くことがあった。ご夫妻でワインを楽しむのが趣味の領域を超えていて、ご自宅にはお二人が直接国内の様々なカーブに出掛けていってオーナーと親しくなったために譲ってもらえた垂涎のワインのストックで溢れていること、おうちで摂られる食事はビオ(オーガニック)の食材や調味料で通されていて、お二人のお眼鏡にかなうレストランはかなり限られていることetc.……。
なかでも、以前篠さんとビオのサロンへ行った時に、幸枝さんお薦めの生産者のブースを教えてもらい、その店の白バルサミコやペーストの絶品ぶりに感動してリピーターになったことは大きかった。私の“味覚の師匠”、篠さんをも唸らせるご夫妻の開く試飲会のお誘いを、断わる理由はなにもなかった。
今回の試飲会場となったのは、16区の閑静な住宅街にあるベトナムレストラン、“Nem101”。ご夫妻が最も好きなベトナミアンで、実際足繁く通われているのだそう。私もベトナミアンは大好きなのに、最近贔屓にしていた店の味がびっくりするほど落ち、しばらく離れていたので、新しい店を開拓できることも嬉しかった。
20時の集合時刻ピッタリに着くと、すでにほとんどの参加者が集まっていた。皆さんこの会の常連さんなのか、親しく歓談が弾んでいる。先に着いていた篠さんが初めてお会いする幸枝さんご夫妻を紹介してくれた。お二人は大きな笑顔を向けて、新参者の私を温かく迎え入れて下さるのだった。
めいめいがテーブルに着くと、今夜のメニューと各料理に合わせるシャンパンやワインが載ったカードが配られた。表・裏にビッシリ、次のように書かれてある。
“Beignets de crevettes aux filatures de taro”(2/P)
Champagne Cuvee Noire Millesime 2005
Henri Chauvet
※ Lutte raisonneの生産者。質のよいPinot noir(100%)で、力強い。
(Cuveeの終わりのe、Millesimeのe、raisonneのeはアクサンテギュです)
“Nem”(1/P)
Chablis Premier cru Montmains 2004
Philippe Goulley
※ シャブリの草分け的Bio生産者。ミネラルが豊富で、非常に爽やかなワイン。
“Ravioli a la vapeur”(1/P)
et
“Batonnet de crevette a la canne a sucre et son galette de riz“(1/P)
Chateauneuf-du-Pape Blanc 1999
Dom Marcoux
※ 女性がBiodynamieで作る、Chateauneuf-du-Papeの最高峰のひとつ。Roussanne 40%,Bourboulenc 40%, Clairette 20%
(a laの最初のa、a sucreのaはアクサンテギュ、Batonneのa、Chateauの最初のaはアクサンシルコンフレクスです)
“Brochettes de boeuf et crevettes aux vermicelles de riz”(2/P)
Santenay 1er cru 1985
Herve Olivier
※ 1985年はBourgogne最高の当たり年。熟成した官能的なPinot。
(boeufのoeは一文字のアルファベット、Herveの2番目のeはアクサンテギュです)
“Porc caramelize Nouilles ramollies sautees Riz nature”
Pape Clement 1975
※ 70年代最高のPape Clement。
Cabernet sauvignon 60%,Merlot 30%,Cabernet franc 10%。
(caramelize、sautees、Clemenの最初のeはアクサンテギュです)
“Banane aux perles de tapioca et creme de coco”
Champagne Brut Rose (Pinot noir 100%)
Henri chauvet
※ 辛口のすっきりしたロゼ。甘口のデザートと合わせてみて下さい。
(cremeのe、Roseのeはアクサンテギュです)
各自、目の前に置かれたグラスに、一品目に合わせたシャンパンが注がれていく。うっとりするような泡立ち。先ほどからカードに沿って、清則さんが説明をして下さっているのだけれど、気のせいかグラス内の泡の勢いが弱くなったようで、失礼ながら気もそぞろになってしまう。ふと、目の前に座った篠さんと目が合う。グラスに伸ばしかけた手をわざと小刻みに震わせる彼女らしいギャグがツボに入って苦しい。
前菜の一品目に出てきた海老のフリッターには、細かい線のような衣が巻きつけられている。“filatures de taro”(タロイモを糸状に巻きつけたもの)とカードには書かれてあったけど……。ひとくちかじってみた。サクッサクッとした衣が歯にあたった後、ジュワッと海老の身の上品な味わいが口中に広がる。なるほど、この上品さを消してしまわないためにも、衣はじゃが芋より、タロイモといった軽目のものの方が合うのかもしれない。添えてあったピリ辛いタレをつけてしまうのがもったいなくて、少しだけ塩をふりかけて食べた。
期待のシャンパンも口に含んでみる。ピノ・ノワールのいい作り手なので、それだけを用いて、他のブドウとは混ぜていないというそのシャンパンは、確かに力強い味がする。フリットという強めの一品にもすんなり合うけれど、あくまで料理を引き立てている。絶妙なバランスだ。
二品目もネム(ベトナム風春巻き)というしっかりとした前菜が続く。この“Nem”は店名にもなっているくらいだから、きっとこの店の自信作なのだろう。付け合わせのレタスの上に、ミントの葉と共に巻き込んで口に入れる。ジュッ。噛みしめるとこれぞベトナミアンといった様々な風味が一体化する。質のいい油らしく、まったくくどくない。
ネムにシャブリをぶつけるんだ……。新鮮な試みだった。でもこれがびっくりするほど好相性!! 酸が爽やかなせいか、シャブリ特有の石灰質のような風味もまろやかで、ネムによく馴染む。特にミントの風味が相乗効果となって、後味がすっきりとし、いくらでも食べられるような気がしてくる。
続いて登場したのは、’99年のものは市場にはもう出てくることがないという“chateauneuf-du-Pape”。コックリとした深い黄金色は、先ほどのシャブリの淡い黄色とは明らかに違っている。美味しそっ。まずは一口、味わってみた。見た目と風味がそのままの、なんとも言えない深い味わい。まずはシェリー酒に似た風味と喉越しを強く印象づけた後、ハチミツのようなかすかな甘味を舌に残していく。ビオディナミのワインとは、エコロジーの側面というより、テロワールをより明確に表現したいという作り手の思いによるものなのかもしれない。そう思わされるワインだった。(chateauの最初のaはアクサンコンフレクスです)
“Ravioli a la vapeur”はベトナムでは“banh cuon”(バインクオン)と呼ばれる料理で、日本語ではよく“ベトナム風ラビオリ”と訳されている。私の大好物のベトナミアンのひとつだ。米粉の生地をクレープのように薄く伸ばして蒸しあげた後、豚のひき肉や海老、もやしやきくらげなどを包んだもの。トッピングにピーナッツの砕いたものやフライドオニオン、パクチー(香草)がこんもりと盛られていて、野菜も多く、ヘルシーな一品。(a laの最初のaはアクサンテギュです)
箸で割って口へ運ぶ。うーん、とても洗練されたラビオリ。13区の大衆的なラビオリも嫌いじゃないけど、やはりこの上品さは16区という地域柄もあるのだろうか。
ワインとの相性も抜群なのでガンガンいきたいところだけれど、食べすぎちゃあいけない。配られたカードには、メニューの一人分の割り当てもちゃんと明記されていて、このラビオリは一つしか食べられないんだった……。
ラビオリはひとつだったせいか(しつこい!!)、“chateauneuf-du-Pape”は次の海老のすり身料理にも引き続き合わせられるようだった。海老のすり身に卵白やタピオカ粉などを混ぜた生地を砂糖きびに巻きつけて茹でたものを、さらにきゅうりやもやしといった野菜やミントの葉と一緒に米粉のクレープで巻き込んでいただく。(chateauの最初のaはアクサンコンフレクスです)
ふと気がつくと、空になったグラスが満たされている。先ほどから清則さんは空いたグラスにワインを注ぎに回ってばかりで、ご自身は食事もゆったりされていないように思える。聞けば今夜のメニューはワインに合わせて特別に注文したものも多く、事前にすべての料理とワインとのマリアージュを確認済みだという。会費は驚くほどリーズナブル。お二人は時間とエネルギーをかけて集めた貴重なコレクションを、“持ち出し”覚悟で私たちに提供して下さっているらしい。そして皆に喜んでもらおうと、こうしてサービスに徹している。人の喜びを自分の喜びにもできる健全な心は、健全な食事が育むものなのだろうか。そんなことを思っているうち、グラスの中身は赤ワインに変わっているのだった。
ブルゴーニュ最高の当たり年だという’85年の“santenay 1er cru”は、清則さん曰く、「香りをかいだだけでウットリ」するという逸品だそうだ。なので、まずは香りを味わってみる。ズ──ッ。向き合った篠さんと、揃いも揃って小鼻が膨らんでしまう。「ヴィンテージワイン独特の、封印を解かれて香り立つ、みたいな感じが全然なく、意外にフレッシュで控えめな香り」というのが、その篠さんの感想だ。
料理の方は、牛肉と海老の串焼きに、ヴェルミセル(春雨)が付け合わせ。不思議なことにこのワインの後味は、日本のおダシを感じさせるようなところもあるので、この料理とも心地よいハーモニーを奏でている。ヴィンテージワインなのに印象は“フレッシュ”で、さらに日本の“おダシ”のような風味すら湛えているところから、このワインは「森光子さんのよう」と皆で盛り上がった。
それにしても、すでにかなりの量を飲んでいる。4種類のお酒だけど、それぞれ清則さんが注ぎ足してくれたので、最低でも6杯は飲んでいる計算になる。でも、少しも悪酔いしないのは(自称)、出されるワインがビオディナミか、化学肥料や農薬を最小限に抑えたものだからだろうか。とにかく、ただただ心地良く、美味しい時が流れてゆく。
いよいよ料理は締めの登場。きつね色になるまで炒めた豚肉と付け合わせのごはん、それにかたやきそばだ。
キャラメリゼした豚は、これまでも様々なベトナミアンで食してきたけれど、ここのは間違いなくナンバー1だった。カリカリに炒めた部分と、ほどよくやわらかく仕上げた部分の対比の妙、そこに、しっかりとした味が上品に染み込んでいる。合わせた赤ワインは、キャラメリゼとの相性も抜群という’75年の“Pape Clement”。今が最高の飲み頃だそうだ。
一緒に味わうと、料理とワインがそれぞれに高め合って、ひとつの極みに到達する。究極のマリアージュとは、まさにこういうことを言うのかもしれない。お腹も十分目なのに、なぜか食も進み、ついには、「豚肉をごはんに肉汁ごとかけて、混ぜて食べても美味しいですよ」という清則さんのお勧めに従って、“ぶっかけごはん”までかき込んでしまうのだった。オ・ラ・ラ──。(Clementの最初のeはアクサンテギュです)
デザートはガックリ、というベトナミアンが多い中で、この店は頑張っていた。あるいは幸枝さん、清則さんの提案もあったのかもしれない。サーブされたのは、ココナッツのスープにバナナとタピオカが浮かんでいる、一見ヘビーなデザートなのだが、これも口に含んでみると繊細で、なにより辛口のロゼのシャンパンに、立ち気味の甘味が抑えられ、絶妙なバランスになっていた。
は──、食べた、食べた、飲んだ、飲んだ。前日は雪まで降った極寒のパリの街の中を、篠さんと二人、千鳥足で歩きながらも、心と身体はポカポカと温かいのだった。
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パリでパティシエの夫とふたりの子どもと暮らす雨宮塔子さんが、日々のおいしい食事、パリでの日常を綴る日記エッセイ。