なぜか1年ちょっとの間に3度の邦訳
本年2月に『リトル・ニモの大冒険』という本が出ました(和田侑子訳、パイ インターナショナル刊)。これはもちろん、普通『夢の国のリトル・ニモ』というタイトルで知られるウィンザー・マッケイのマンガの新たな翻訳です。『夢の国のリトル・ニモ』は、世界の全マンガ史を通じて最高峰というべき古典であり、また、この新訳版は大判オールカラーの288ページで3200円(税別)という廉価でもあり、本時評での紹介を検討したのですが、結局取りあげませんでした。
というのは、この本の元版はチェッカー・ブックという会社から出た英語の書籍なのですが、いささか発色が悪いため、『リトル・ニモ』に初めて接する読者にこの版をおすすめするのを躊躇してしまったからです。この不十分な色彩のせいで、古臭いだの、大したことないだのという評価をあたえられてしまっては、世界マンガの最高傑作たる『リトル・ニモ』にたいして申し訳ないという気持ちが働いたのです。
躊躇の理由はもうひとつありました。それは元版がアメリカで作られたものであるとはいえ、日本語版の作りには『リトル・ニモ』にたいする愛情があまり感じられず、じつにおざなりな日本語版序文(金原瑞人の文章)からもそのことが察せられたからです。
ところで、『リトル・ニモの大冒険』のすこし前(2013年6月)にもこのマンガは邦訳されていて、そのときは『眠りの国のリトル・ニモ』(上田麻由子訳)というタイトルでした。こちらは、新聞の日曜版に連載されたオリジナルの『リトル・ニモ』と同じ新聞全紙の大きさの本で(持ち歩きできないほどデカくて重い)、色彩も現在望みうる最も上質な復刻でしたが、ほかの3冊のアメリカ古典マンガ(『さかさま世界』『クレイジー・キャット』『ガソリン・アレーのウォルトとスキージクス』)とセットになった超豪華ボックス『[原寸版]初期アメリカ新聞コミック傑作選 1903-1944』(須川善行編、創元社刊)としての限定発売で、お値段がなんと120000円(税別)というものだったので、本時評での一般読者への推薦をためらってしまったのでした。
しかし、二度続けて『リトル・ニモ』(しつこいようですが、世界マンガの最高傑作ですよ!)を論じる機会を見送ったことは残念でたまらず、私は『ケトル』という文化雑誌(太田出版、2014年4月号)のコラムでウィンザー・マッケイと『リトル・ニモの大冒険』を紹介し、悔しまぎれに、そのコラムをこんな一文で締めくくりました。
「『リトル・ニモの大冒険』には資料として何の役にも立たない序文が付いていますが、そんなものを載せるより、小野耕世のニモヘの長年の愛情に満ちた紹介文か、前述の細馬教授[『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか アニメーションの表現史』(新潮選書)でマッケイのマンガとアニメを見事に分析した細馬宏通]による解説を読ませてほしかったと思います」
こう書いた数か月のちに、この1年間ちょっとで3冊目の『リトル・ニモ』の新訳が出現し、しかも、その解説を小野耕世が書いているとは! 今回こそ3度目の正直、この時評で紹介すべき絶好のチャンスです。
マンガだけでも、いいかもしれない。
いまやマンガは教養だ――。国内外問わず豊穣なる沃野をさらに掘り起こす唯一無二のマンガ時事評論。
※本連載は雑誌「星星峡」からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2011/04/01から2014/04/17までの掲載となっております。
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