宮崎駿も途中退場! だが、日本製アニメ『ニモ』は失敗作にあらず
マッケイの素晴らしさはまだまだあります。『リトル・ニモ』には飛行船などで空を飛ぶ場面がたくさん出てきますが、なかでもニモたちがコンドルに乗って大空を行く回(36ページ)は、フランスのマンガ家、メビウスが全世界に衝撃をあたえた革新的なマンガ『アルザック』の鳥に乗って飛翔する場面の明らかな着想源です。メビウスは『リトル・ニモ』のマンガ版リメイク(1994~95、最初の2巻のみ)に原作を提供しているくらいのニモマニアですから、この推測はたぶん間違っていないでしょう(マッケイの緑とオレンジの印象的な色使いもメビウスにそっくりです。もちろん、メビウスのほうが影響を受けたわけですが)。
今回もすでに規定の字数をオーバーしています。最後に、小野耕世と並んで『リトル・ニモ』に憑かれたといっていい日本人の名前をここに銘記しておきましょう。東京ムービーのプロデューサー、藤岡豊です。藤岡は小野訳の『夢の国のリトル・ニモ』でなぜかニモに興味を抱き、このマンガのアニメ化という果てなき夢にとり憑かれてしまいます。そして、日米を往復しながら、10年以上かけ、55億円の資金を投じて『ニモ』という映画を完成させたのです。
この企画には、高畑勲、宮崎駿、レイ・ブラッドベリ、前述のメビウスといった大物が参加しますが、結局、全員現場から去っていきました。そのため、紆余曲折の末ようやく完成に漕ぎつけた『ニモ』(1989年)には失敗作というイメージが貼りつけられてしまいましたが、これは日本製アニメの傑作のひとつであることを強調しておきたいと思います。
DVDやブルーレイにもなっているので世評に囚われず、この作品の良さ、とくに冒頭のニモがベッドで空を飛ぶ場面の見事さを実際に見ていただきたいと思います。ただ皮肉なことに、それより素晴らしいのは、特典映像で見られる近藤喜文と友永和秀が作ったパイロット版(1984年)で、この飛翔場面のシャープさ、ダイナミックさは、本編冒頭を凌いでいます。
『ニモ』の製作過程については、作画に参加した名匠・大塚康生による『リトル・ニモの野望』(徳間書店)という興味の尽きない製作裏話のルポルタージュが書かれており、ぜひ併読をおすすめします。
マンガだけでも、いいかもしれない。
いまやマンガは教養だ――。国内外問わず豊穣なる沃野をさらに掘り起こす唯一無二のマンガ時事評論。
※本連載は雑誌「星星峡」からの移行コンテンツです。幻冬舎plusでは2011/04/01から2014/04/17までの掲載となっております。
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