「一気に読んだ!!」「泣ける!」と話題騒然の『土漠の花』(月村了衛著)。冒頭からトップスピード、感涙のラストまで一気読みのこの物語をぜひともご堪能ください。
月村了衛 Ryoue Tsukimura
一九六三年生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業。2010年、『機龍警察』で小説家デビュー。11年刊行の『機龍警察 自爆条項』が「このミステリーがすごい!」第9位、第33回日本SF大賞を受賞。12年刊行の『機龍警察 暗黒市場』は、「このミステリーがすごい!」第3位、第34回吉川英治文学新人賞を受賞。他の著書に『一刀流無想剣 斬』『黒警』『コルトM1851残月』など。今、最も熱い物語を書ける作家として注目されている。
第一章 ソマリア
1
アフリカの残光が一面の土漠と佇立する岩山を赤く染める中、頭上で大きな声がした。
「駄目です、乗員は完全に死んでます。三人ともです」
梶谷士長の声だった。
岩山の頂上部からザイルを使って巨岩の合間に降下した梶谷伸次郎士長と津久田宗一2曹が、薄く潰れたヘリの機体を覗き込んでいる。
「間違いないか。よく確かめろ」
岩山の基部に立った友永芳彦曹長は、流れ落ちる汗を掌で拭いながら大声で梶谷に質した。
暑い――
とっくに慣れたつもりではいても、ジブチの暑さは体の芯を際限なく溶融させる。乾燥し切った空気に、鼻の穴から肺の奥まで干涸びてしまったような気さえする。
巨岩に挟まれて全貌はよく見えないが、それでも岩の合間から突き出たSH- 60シーホークのローターや機体の一部が、炎のような夕陽を受けて赤くきらめくのが目に沁みた。
「間違いありません」
「脈か鼓動を確認できないか」
「無理です。手が届きません」
「ではまだ生きている可能性もあるんじゃないのか」
「ないですね。全員頭が潰れてます」
友永は思わず傍らに立つ吉松勘太郎3尉と新開讓曹長を振り返った。
捜索救助隊の隊長でもある吉松が痛ましそうな顔で頷く。
「遺体の回収は可能か」
再び二人に向かって声を張り上げる。
一、二分の間を措いて、梶谷の声が返ってきた。
「すぐには無理です。相当手こずりますよ、こりゃ」
整備でも腕利きで知られる梶谷の見立てに間違いはないだろう。友永は吉松隊長、それに同格の補佐役である新開曹長と顔を見合わせる。
「日没が迫っています。遺体の回収は明朝から始めるしかないでしょう」
新開が上官に進言した。
「やむを得んな。もともと想定されていた事態でもある」
吉松の決断を受けて、友永は梶谷と津久田に声を投げかけた。
「回収は明日だ。写真を撮れるだけ撮って二人とも降りてこい」
岩の合間からフラッシュの光が断続的に漏れてくる。
新開は周囲の隊員達に向かい、よく通る独特の乾いた低音できびきびと指示を与える。
「野営準備。市ノ瀬1士と戸川1士は警戒に当たれ」
白っぽい砂漠迷彩の制服に88式鉄帽を被った隊員達が即座に動き出す。
吉松隊長は軽装甲機動車に搭載された無線機で活動拠点に報告を送る。限りなく原色の赤に近い落日は目に見えて陰翳を深め、夜の近いことを示していた。