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『土漠の花』(月村了衛著)重版記念

2014.10.20 公開 ポスト

作品冒頭が無料で読める!


 どうしようもなかった。友永はやむなく後部のドアを開けた。雪崩れ込んできた兵士達が銃口を突きつけ、荒々しく友永とアスキラを引き立てる。サイ・ホルスターに収めていた9㎜拳銃は真っ先に奪われた。
 二人は吉松達と同じく敵兵の輪の中央に押し出された。兵士達は興奮して口々に喚き、罵っている。何を言っているのかはまったく分からない。野戦服を着ている者もいれば、原色のシャツに短パンの者も数多くいる。上半身裸の者さえも。服装はまるでバラバラだったが、全員が銃器で武装しているのは共通していた。
 立ち騒ぐ兵士達をかき分け、指揮官の小隊長らしい迷彩の略帽を被った男が歩み出る。彼はアスキラを指差して大声で叫んだ。おそらくはソマリ語だろうが、女を渡せと言っているのは容易に推察できた。やはりワーズデーン小氏族の兵だ。泣きながら友永の腕にしがみついているアスキラの腕に力がこもった。
 吉松3尉と新開曹長はわずかながらもソマリ語を解すると聞いている。
「ビヨマール・カダン……石油……?」
 隊長が首を傾げながらそう呟くのが耳に入ったような気がしたが、大声で喚き散らす相手の話を正確に聞き取るのはやはり難しそうだった。
「英語は分かるか」
 吉松は毅然として言った。
 威嚇の表情を変えずに相手が頷く。
「我々は日本国の自衛官であり、海賊対処任務に派遣されている部隊である。貴官らは一方的に我々を攻撃し、複数の兵士を殺害した。これは国際的に――」
 吉松が英語でそこまで話したとき、指揮官は背後に向かって顎をしゃくった。西瓜のような丸い物をぶら下げた兵士が前に進み出て、それを吉松の足許に投げ出した。
「あっ」
 鈍い音とともに土の上に転がった物。動哨に出ていた原田1士の首であった。
 開かれたままの両眼はぼんやりと白く濁って、ただ夜更けの夢に寝惚けているようにも見えた。
 津久田2曹と梶谷士長、そしてアスキラが悲鳴を上げる。残る隊員はそれこそ悪い夢でも見ているかのように茫然自失している。
 海外派遣部隊で殉職者が……いや、海外であろうと国内であろうと、自衛隊創設以来、初めての戦死者が一晩に三名も……
 友永は漠然とそんなことを考えていた。衝撃が強すぎて他に何も考えられなかった。
「貴様――」
 怒りの日本語を発しながら顔を上げた吉松の額を、指揮官が無造作にトカレフで撃ち抜いた。
 吉松の体が呆気なくその場にくたりと崩れ落ちる。
 その頭部から広がった黒い液体が、見る見るうちに乾き切った土漠に染み込んでいく。
 えっ……?
 誠実で、信頼に足る吉松3尉。それが今は、ただの物体と化して転がっている。

 

本記事は『土漠の花』(月村了衛著)の全352ページ中22ページを掲載した試し読みページです。続きは単行本、または電子書籍をご覧下さい。
 

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