「武器は持っていません。お願いです、助けて下さい」
アスキラと名乗る女は悲痛な声で繰り返した。訛りの少ないきれいな発音。英語はソマリ語、アラビア語と並ぶソマリアの公用語だが、彼女には洗練された教養が感じられた。
だが――ここはソマリアではなくジブチだ。
友永が口を開こうとしたとき、背後から現われた吉松隊長が女達に向かって一歩踏み出した。
「本官は日本の派遣海賊対処行動航空隊に所属する吉松3尉です。事情によっては保護しますので落ち着いて話して下さい」
吉松隊長はゆっくりと英語で話しかけた。その温厚な物腰に女達は安心したようだったが、同時にまた驚いてもいるようだった。
「日本……あなた方は日本軍なのですか」
「正確には軍ではなく自衛隊と呼称します。あなた方は我々が日本の自衛隊だと知らずに来たのですか」
「はい」
「追われていると言いましたね。誰に追われているのですか」
「ワーズデーンです」
「ダロッド氏族系のワーズデーン氏族ですか」
「はい」
ソマリアには六つの大きな氏族があり、それぞれが無数の小氏族に細かく枝分かれしている。それらの小氏族が際限ない内紛に明け暮れているのがソマリアの現状だ。
ジブチへの派遣が決まったとき、友永も人並みにソマリア事情について勉強したが、氏族の関係は複雑すぎて容易に理解できるものではなかった。しかし吉松隊長はさすがにある程度は押さえているようだった。
「原田1士」
「はっ」
吉松の呼びかけに応じ、原田が前に出る。
「周辺の動哨を命じる。接近する者があればただちに報告せよ」
「はっ」
闇の奥に駆け去る原田を心配そうに見送り、アスキラは吉松に向き直った。
「私達ビヨマール・カダン氏族とワーズデーン氏族とは昔から争いを繰り返してきました。それでも今まではディル氏族とダロッド氏族の長老達の調停でなんとか事を収めてきたのですが……」
アスキラの言わんとしていることは友永にも察しがついた。海賊のもたらす莫大な金の流れは、伝統的な氏族の権威と、長老による合議という、かつては絶対的な強制力を有していたシステムをも破壊しつつあるのだ。
「ワーズデーンがいきなり私達の街に攻め込んできて、一方的な虐殺を開始しました。民族浄化です。老人も子供も片端から撃ち殺されました」
二人の中年女性は、今まで張り詰めていた気持ちが緩んだせいか、声を上げて泣いている。
「私達は国境を越えて走り続けました。それでも奴らは追ってきました。私はスルタン直系の血を引く最後の生き残りです。ワーズデーンは何があっても私を殺してビヨマール・カダンを根絶やしにするつもりなのです。お願いです、助けて下さい。奴らはすぐにやってきます」