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ルポ中年童貞

2014.10.27 公開 ポスト

第9回

偽物のセクシャル・マイノリティ中村淳彦

一番大切なのは人から愛されること

「加藤智大には共感する。たくさんの共通点がある」

 二〇〇八年六月八日。二五歳の工場派遣社員・加藤智大が秋葉原の交差点にトラックで突っ込み、無差別に七人を殺している。加藤は「負け組は生まれながらに負け組」と自覚しているネット民で、掲示板に犯行予告をして事件を起こした。事件後、加藤は“神”“教祖”“救世主”と多くのネット内の男性に共感される現象が起こっている。

「自分と似ている。加藤は愛してくれる人が一人でもいればよかった、って言っているんです。社会的に孤立してネット掲示板でも無視されて、自分はここにいる!ってアピールをしたかったのが秋葉原事件の動機だった。その背景には母親が教育熱心で、虐待みたいなことをされていたんですね」

 加藤智大は小学校時代の成績はオール5の優等生だった。高卒の両親は学歴コンプレックスがあり、加藤には一流大学へ進学することを熱望していた。母親はスパルタ的に勉強をさせて、加藤は中学までトップクラスの成績を維持している。高校までは順風満帆で県内トップクラスの進学校に進学したが、高校時代に息切れして成績は降下した。そして、そのまま非正規雇用職を転々する負け組となってしまった。

「僕が突発的に起こしてしまう自傷も同じ。どうしても感情が抑えきれなくなって爆発しちゃうみたいな。それと兵庫県議会議員の野々村竜太郎にも共感した。本来なら“ごめんなさい、お金盗りました、返却して議員も辞めます”と応えればいいのに、“うちは少子高齢化に向けてこんな頑張っているのに何でわかってくれないんだ!勘弁してほしい”と甘えで逃げる。自分の弱さと向き合えないから、そうなる。反面教師にしたいんですね。パソコン遠隔操作で捕まった片山祐輔も他人事とは思えなかった。片山は高校時代に外見が理由でイジメられて、ルックスに深いコンプレックスをもっていた。犯人は自分だと書き込んだり、隠れた自己顕示欲も同じかなって。あと、永山則夫の転職癖も。行く先々で仕事の熱心さを認められていたのに、些細なミスで注意されただけで消えるところが。僕が今の職場を辞められないのも、同じように転職癖がついてしまうと思うから。もう望みなんて無いのに。

 あと、僕は資格マニアなんです。自己顕示欲の現れ。高校時代から何か人と差別化したくて、漢検とか英検とか、大学では技術系の資格たくさん取得して。履歴書にたくさん書く。“自分はこういう人間です”って口でアピールすればいいのに。自分に自信が無いから外部の価値観を利用して、他人からの称賛を求めているわけです」。

 自分自身を理解して、変わりたいという意志を感じる。しかし、あまりに長い時間こじらせて、心が負のカオスとなってしまったためにまだまだ混乱していた。

「なにかタイミングで死ねばいいかなって思っています。でも生きるならば、たぶん一番大事なのは人から愛されることですね。それに対する期待感が残っているから死ぬ度胸が無い。無理なのに。普通に一般的な男性として女性と結婚して、子供を産んでマイホームを持つみたいな人間になりたい。自分の存在が相手にいい影響及ぼしていることを感じることが幸せでしょう。それと、他人の外部的な評価で自分を満たせるようになりたい。認められないと自棄になる僕は、本当に先ほどの犯罪者たちとなにも変わらない。

 今、僕を求めてくれるのはハッテン場しかない。承認欲求とか孤独感を満たしてくれる場所が、今はそこしかなくて。こんな所で油を売らず、本当はまともに仕事だったり、日常の人間関係で実と得られて愛されたい。普通の人みたいに。今は子供は欲しいけど、妻はいらないって思ってる。けど最終的には女性に方向転換できればいいな。普通に女性と結婚して普通の生活をする。子供作って子供が自立するまで頑張る、そうしたい」

 おそらく父親が交通事故死することなく、生きていてダメージを受けた祖母と暮らすことがなければ、性的マイノリティを言い訳にすることはなく、結婚もして人並みに昇進もして普通の男性サラリーマンとして生きていたのではなかろうか。しかし、彼は自覚して変化を望んでいる。最も高い壁である“自分を知る”という壁を越えている。希望するような状況になるのも時間の問題じゃなかろうか。

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中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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