雨が四つ辻を洗う日も、太陽が地面を焦がす日も、俺はいつもここにいる
ユウ坊が拾った桃の実をきっかけに、サヤはその庭の持ち主と親しくなる。
庭になる桃の実でジャムを煮たり、栗で渋皮煮を作ったりと、
季節は巡るが、四つ辻にはいつも変わらず幽霊がいた。
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その親子を最初に意識にとめたのは、少し早めの台風が通り過ぎていった翌朝のことだった。
若い母親と、よちよち歩きの幼子である。ほんの少し前までは赤ん坊だったのだろう。いや、今でもそんなようなものか。母親は古めかしい乳母車をギィギィ鳴らしながら押している。子供が疲れるか、眠たくなるかしたら即座に乗せるつもりなのだろう。
片田舎の生活道路である。ごくたまに、住民の車が通り抜けるくらいののどかな道だ。それでも母親は我が身と乳母車で、幼子がちょろちょろと道の真ん中へ飛び出すのを防ぎつつ、板塀に沿ってゆっくりゆっくり歩いていた。そしてふと立ち止まり、身体を屈めて「まあ、ありがとう。きれいね」と言った。幼子が何か拾って差し出したらしい。好奇心から近寄って見やると、母親の白い手のひらには、同じく白い桃の実が載っていた。昨夜の台風で、民家の庭木から落ちたものだろう。四つ辻の角にある家で、敷地面積はなかなか広い。小ぶりな実だったが、ひとつ、またひとつと子供が転がるように拾ううちに、母親の両の手のひらは一杯になってしまった。
「誰かに踏まれてしまう前に拾えて良かったね」と母親は子供に笑いかけてから、思いがけないことを言った。「あのね、これはこのお家の人のものだから、どうぞって渡しにいきましょうね」
まるで落とし物のようなことを言う。そりゃどうだろうと、俺は思った。塀からちょっとはみ出した枝であの有様なら、庭の中は落ちた実がゴロゴロしているはずだ。しかも見るからにまだ熟し切っていない、固そうな実が。
呼び鈴に応じて出て来た家の主も、おおむね俺と同じ考えのようだった。その品の良い老婦人は、母親の説明に半分笑ったような顔のまま眼をぱちくりさせ、それから子供の方にかがみ込んで言った。
「坊やが拾ってくれたの、ありがとねー。でもねー」と今度は母親に向かい、「残念だけど、まだ食べられないわねえ。さっき一つむいてみたけど、固くて美味しくないの。もう少しで、甘くなったのに。ほら見て、あんなに落ちてしまって、もったいないったら」
と玄関先から庭の方を指し示す。母親は、まあと口を開き、それからおずおずと言った。「でも、あの、お砂糖で煮て、コンポートとか、ジャムにしたら食べられないかしら」
「どうかしらねえ、私はそういう、面倒なことはしないのよね。果物は生でそのまま食べるのが一番でしょう?」
女二人が、そんなどうでもいいような会話をしている間、子供はきょろきょろと物珍しげに辺りを見回していた。それからふいにこちらを振り返り、ひたと俺を見据えた。
そんな馬鹿な、と思う。単なる偶然だろう、とも思う。こんなことは、一度もなかった。だって誰も俺を見ることなんてできないのだから。
──俺は四つ辻の幽霊だ。ここから動くこともできず、といって成仏することもできず、もう長いことずっと、ここにいる。