■アベノミクスと消費税増税はまったく別の話
――この景気悪化が増税の影響なのか、そもそもアベノミクスの誤った政策によるものなのか、政権内部でも見方が割れているように映ります。
片岡 いまの経済状況は良い流れと悪い流れがごちゃ混ぜになっています。アベノミクスを経済政策として支持していた人の多くは増税に反対していて、とにかく安倍首相の政策だからという理由で金融緩和や財政出動に反対していた人は増税に賛成している、という構図があります。これは奇妙な好対照ですが、アベノミクスという政策パッケージと消費税増税にはまったく関係がありません。
消費税増税が必要だという認識が強まったのは、民主党政権時代に始まった「社会保障と税の一体改革」(*)の議論からです。
社会保障の維持・充実を図るためには消費税を5%から10%に上げる必要があるという議論は、民主党政権下で強固なものにされていきました。この時期、安倍さんは自民党の総裁ですらなく、政権交代の空気もなかったわけです。谷垣総裁から安倍総裁に代わったことで急転直下し安倍政権が誕生して、そこでアベノミクスという経済政策の枠組みができたわけなので、成立過程がまったく別のものなんです。
2013年からの安倍政権の経済政策がなんとか機能した状況と、前政権からの遺産を引き継ぐかたちで進行してしまった一体改革の流れが混ざって、未整理に議論されてしまっています。
GDP速報値のニュースを受けて、これまであまり発言していなかった人たちまで「金融緩和のせいで円安になり、物価も上がって庶民が苦しんでいる」「アベノミクスは崩壊した」と言い始めているわけですが、長期の円高であれほど苦しい思いをしてきたことをもう忘れてしまったのですか? と言いたくなりますね。
■日銀は「勘」で追加緩和額を決めたわけではない
――本の第5章「増税を延期し、アベノミクスを再機動せよ」ではいくつかの具体的な提案がされていますが、刊行直前に日銀が大規模な追加緩和を発表し、その後に増税延期が決まるなど、現実が本の内容を追いかけてきているかのようでした。
片岡 この本で提案したのはアベノミクスの良い面をさらに強化し、ダメなところを是正することなのですが、強化策については二つは実現されたと理解しています。
一つは10月31日の追加緩和です。年間60~70兆円規模だったマネタリーベースの拡大を、年間80兆円規模に増加させることが表明されました。つまり10~20兆円の拡大ということになりますが、これは私が本のなかで試算の結果として提示した2015年末までの25兆円の拡大と、かなり近い線だったといえるでしょう。とはいえ、その直前まで追加緩和はされないのではないかと私は見ていたので、むしろ驚きました。
追加緩和の額が提案とほとんど同じだったことは、予想が当たったかどうかといった話ではなくて、とても大事なことを示しています。つまり、現在の日本銀行は勘で適当に緩和額を決めているわけではないということです。このことを、いわゆる民間エコノミストの方々はほとんど理解していないのではないでしょうか。インフレ目標2%に対応した名目GDP成長率は3%になる、これを根拠として金融政策を行っているからこそ、適切な金額の緩和が行われる。政府が中長期的にめざしている名目成長率3%が、政策の前提になっているのです。
足元の実質成長率は0%、GDPデフレーターでみた物価上昇率は消費税増税の影響でだいたい2%ぐらいになります。単純計算して、今年度の名目成長率は2%あたりに落ちつく可能性が高くなる。そうなると成長率を1%持ち上げなければならないわけです。日銀としてできることは金融緩和しかありませんので、成長率を1%持ち上げるために必要な追加緩和は10~20兆円の規模感でやるべきだということが決まってくる、非常にロジカルな政策運営なんです。
ただ、日銀の黒田総裁は国会で「再増税を念頭に金融緩和をした」という発言をしていました。金融政策決定会合後の記者会見でもかなり突っ込まれていましたね。黒田総裁と、再増税を延期した政府あるいは安倍首相との間には、少なからぬ齟齬があるのかも知れません。ここは一つの論点だと思いますね。本で提案しているように、政府と日銀の共同声明を強化し、日銀法に定められた「アコード(政策協定)」にする必要があると思います。さらには物価安定と雇用安定を日銀の明確な目標にするための日銀法改正が必要だと考えます。
*社会保障と税の一体改革:2010年11月9日に行われた「社会保障改革に関する有識者検討会」以降、政府・与党社会保障改革本部による検討や会合が継続的に行われ、2012年8月に関連8法案が成立している。