■「政治判断」で消費税増税を延期したのは史上初
片岡 もう一つ実現されたのは、消費税の増税延期です。これは「財政健全化を増税ではなく経済成長によって実現するのだ」というコミットメントが、首相によってなされたことを意味します。
私は再増税のための有識者点検会合の4回目(11月17日)に出席しましたが、10名の参加者のうち増税反対は若田部昌澄先生と私の二人だけ、あとはみなさん増税に賛成でした。それだけ、いまの景気状況を憂慮している人が少ないということでもあります。
「小さな痛みに耐えれば日本経済はまた伸びる」という、小泉政権の頃によく聞いたような話に終始してしまう。中長期的な財政健全化の前では「小さな痛み」なんだ、というわけです。
それでも延期されたことは本当に喜ばしいことですが、景気判断条項が削除されたことは残念です。ただ、経済的な観点からみた最適解と、政治のせめぎあいの中で最低限の目標を達成することは次元の異なるところもありますので、それをもって全否定するのもナイーブ過ぎると思います。与野党も新聞各紙を見てもこれだけ増税に傾いていたなかで、延期を決断したことは安倍首相の確かな成果ですし、そこは評価すべきだと考えます。
増税を1年半延期するということは、現時点から2年半後です。2年半経てば、状況はずいぶん変わると思いますし、もしかしたら安倍政権はなくなっているかもしれません。国民的な世論としても、財政健全化についてもうちょっと違った理解が広がっている可能性もあるでしょう。足元の経済状況は良いとはいえませんが、2020年には東京オリンピックも開催されるわけで、景気が良くなる材料はあります。景気判断条項がなくても大丈夫になる可能性はある。将来を悲観しすぎずに、最低限のところを死守できたことを足がかりにして何をやっていくのかがいま問われています。
もちろん、再増税が可能になるほど景気が回復していない可能性もありますが、消費税法の関連法案をすべて廃案にすることも選択肢としてはありますし、その時の政権が新たな延期法案を作ることもできる。ここで増税していたらそもそもそんな選択肢もなくなってしまいますから、大きな決断だったと思います。
そもそも景気判断条項などなくても、増税といった景気に大きな影響を与える政治判断は、足元の景気を見て判断するのが当然です。3%から5%への増税は、村山政権下で決まった方針に沿って、橋本政権により実行されました。そのときも経済状況は十分に良いとはいえなかったのですが、将来は良くなるはずだ、消費税増税の影響は一時的だという期待の下で行われたわけです。これはいまにしてみれば明らかに誤った判断だったわけですが、歴代のどの政権であっても同じ判断が下されたのかもしれません。今回、当初の増税方針が覆ったことは、初めての経験といえます。
点検会合などでも、とくに経済の専門家は経済状況を見ながら最適な経済政策を提案する責務があると私は思うのですが、足元の景気よりも「決めたことはやるべきだ」とおっしゃる方が非常に多い。2期連続のマイナス成長という状況をしっかりと判断して、解散権も使いながら、増税一辺倒のなかでの延期を実現したことは、歴代の政権と比べても評価できる点だと考えます。