AKB48のメンバーなど著名人と直接交流できるスマートフォンのアプリ「755」をご存じですか。「755」で、一般ユーザーでありながら、著名人顔負けの人気者となった「藪医師(やぶいし)」。34歳独身、大腸がん手術が専門の現役外科医です。
その藪医師こと中山祐次郎さんが、初めての著書『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日』を刊行しました。
連日の手術、術前術後のケア、後輩の指導、論文執筆や学会発表など、若手医師の日常はとにかく過酷。その激務の合間を縫って、ときに眠れなくなり食べられなくなり涙しながらも、書かずにはいられなかったのが本書です。
読売新聞の読書欄でも紹介され大きな反響を呼んだ本書の一部を、全3回でご紹介します。第2回は本文に間奏曲のようにはさまれたエッセイ「医者の見た夢」より。
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あるご夫婦のお話です。
七十歳少し手前のご夫婦は、その小さな個室で泣いていた。私は、黙っていた。
二週間前、多くの医師が集う合同カンファレンスで、その患者さんについてのプレゼンテーションがあった。九州なまりの内科医が困った顔でプレゼンをしていた。
「患者さんは○○さん、六十五歳男性。ちょっと問題のある方なのですが……」
その患者さんのお腹のなかには握りこぶし大の謎の腫瘍があって、それが小腸に嚙み付いていて出血をさせているのだという。半年前から見つかっていたが、出血も痛みもないためとくに治療をせず様子を見ていた。
しかし徐々に腫瘍は大きくなり、次第に便に血が混じるようになった。そして出血が多くなり、今では三日に一回は輸血しなければ危険な状態となってしまった。
内科医は、CTを前のスクリーンに呈示しながら、続けた。
「ここに手拳大(しゅけんだい)の腫瘍を認めます。小腸のがんか、リンパ腫か、どんな腫瘍かはっきりしません。しかし小腸に浸潤(しんじゅん)しており、出血はこのためと思われます」
「原因はなんなんだよ」
「この患者さんは手術には耐えられない」
「術中死(じゅつちゅうし)するぞ」
「そもそもこれががんだったら、手術をしてもすぐ再発して助からないのでは」
侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が交わされた。
この患者さんは、心臓がきわめて弱かった。おまけに昔、脳梗塞を何度もやっており、これだけ出血がひどくても、血を止まりにくくする薬「ワーファリン」をやめられない状況だった。
結局のところ、議論はある外科医の一言で収束した。
「切らなきゃ確実に失血死する。切ったら、もしかしたら助かるかもしれない。やろうよ」