そして手術の日が来た。
「それでは、お願いします」
メス。
白い腹の皮膚。無影灯(むえいとう)が反射して、網膜に光が焼き付く。一瞬、目の前が見えなくなる。
年の割には薄い皮膚にメスを走らせると、その途端ばばっと無数に出血する。臍(へそ)を割って、お腹が開いた。
私は、努めて淡々と、冷静に執刀した。開腹して、腫瘍を腸ごと切除して取り出す。残った腸と腸を吻合(ふんごう)する。手術は一時間ちょっとで終わった。
その日から、戦いは始まった。
私は「この患者さんが、生きて歩いて家に帰ること」を目標にした。いや、夢にした。
手術翌日。患者さんは噓のように、
「いやあ、先生ありがとうね! キズが痛むよ、生きてるっていいね!」
なんておっしゃる。
「いえいえ、きょうからが本当の戦いですよ」と、笑顔で、本音を言った。
私が切った彼の腹の皮膚は皮下出血で紫色になりはじめていたが、とくに問題はない。私は胸を撫で下ろした。
日中は他の患者さんの手術があったため、夕方まで手術室から出られなかった。何かあったら病棟の看護師か研修医から手術室に連絡が入るため、私はなるべくその患者さんのことを忘れて目の前の手術に没頭した。
夕陽が病室に射し込んで、カーテンもシーツも看護師の薄汚れた白いシューズも橙(だいだい)色に染める。ほんの数分の、橙の世界はすべての人を無言にした。
疲れ切って、白衣に連れていかれるようにして病棟を歩く私は、もはや精根つきていた。目をつぶるとすぐに眠ってしまいそうだった。
ナースステーションには寄らず、まっすぐにその患者さんのところに行く。
きょうも、問題なく生きている。
熱が出たり出血したら私に報告が来るはずだ。何も聞いていないのだから、大丈夫に決まっている。しかし、私はこの目で見るまでは信じられなかった。
「中山、病院では“trust no one”だ。誰も信じるな。自分の目だけを信じろ」
研修医の頃教えてくれた、ちゃらちゃらしたサーファーの救急医を思い出した。
手術の三日後。私は彼の食事を開始した。
それからみるみる彼は回復し、二週間くらいで内科に移った。
そしてついに退院する日。
私は手術前の慌ただしい朝、病室を訪問した。
「○○さん! きょう退院するんですって!」
「あ、先生」
部屋には奥さんしかいなかった。奥さんは、みるみる泣きはじめた。
「先生、手術してくれて本当にありがとうございました。いのちの恩人です」
「本当に、本当によかった」
あやうく涙がこぼれそうになった。
そこに患者さんも入ってきた。
「ああ、先生! いやあ、きょう退院しますよ! なんだか元気になっちゃったよ! ありがとね、またよろしくね!!」
「いや○○さん、こんな怖い手術は二度としませんよ」
私は泣きながら、笑った。彼もまた、泣きながら笑っていた。
夢は、叶ったのだ。
私は手術室へと向かう階段を一段飛ばしで下りながら、白衣の袖で、涙を拭った。
* * *
本書にはもう1本、「世界一の優しさ」というエッセイが収録されています。こちらもちょっと悲しい、でも心洗われる一篇です。
ぜひ本でお読みいただけると幸いです。
*第3回は5月23日(土)に掲載予定です。