今も昔も、高校生は変わらない
樋口 椰月さんの高校時代って、どんな感じだったの?
椰月 輝かしい高校時代ではなかったんですよね。生物部とその顧問の先生のことだけは大好きだったけど、他にはあまり良い思い出がないので。まったく冴えなかった(笑)。
樋口 自分の高校時代を反映した作品ってある?
椰月 ないです。小学生時代は、手放しのまるまるの自分から徐々に変わっていく最初の段階で印象深かったし、中学生時代は思春期の反抗期で苦しかったことをよく覚えているんですけど、高校時代は特別なことがほとんどなかったこともあって、書きたいものがわからなかったんです。
樋口 『十二歳』で小学生の少女の揺れを書いたし、『しずかな日々』で大人への扉を開こうとする少年を、『体育座りで、空を見上げて』では自意識に向き合う中学生を書いてるんだけど、高校生を書いた作品はまだなかったよね。
椰月 高校時代にキラキラした思い出がなかったから、その年齢ならではの活気みたいなものを書けないと思っていたんです。でも、編集者が熱烈に「書くべきだ」って言ってくれて(笑)。「昔も今も、高校生ってそんなに変わらないですよね」みたいな話を雑談でしていたんですね。で、それならもしかしたら書けるかなあと思って。
樋口 なるほどね。そう、実はそんなに変わらないんだよね。僕、『その青の、その先の、』を読む前に、村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』を読んだんですよ。
椰月 素晴らしい小説でした。
樋口 素晴らしい作品だよね。僕もいろんなところであの作品の良さを触れ回っていたの。「村田沙耶香時代が来た」って。『しろいろの街~』は去年出版された本だけど、『その青の、その先の、』と並んで僕の今年のベストブック。一方でね、こう思ってもいたんだよね。僕の高校時代だけど、クラスには、カーストとか陰気ないじめとかなかったよなぁって。「無視する」みたいなのはちょっとあったかもしれないけれども。村田さんの作品みたいな、人間のドロドロした嫌な面を見せるとか、人間の暗部や奥底を描くっていうのが、昔からあって支持されてきた方法だとは思うんだけれども、一方で、「それだけじゃないよな」っていう気持ちがあったの。でも、明るさで人を惹きつけるのって難しいんだよね。歌とかでも失恋ソングのほうが共感を得やすかったりするし。だから、僕みたいなうるさ型の読者を唸らせるようなものを作れるかというと、やっぱり難しいんですよね。でも、『その青の、その先の、』はそれができてるんだよね。ミラクルが。
椰月 私もうるさ型の樋口さんがこれを気に入ってくれたのがすごい意外だと思って(笑)。なんかこの本は、そういう人たちにも意外と好かれているから、私としてはそれがすごく不思議な感じがして。自分ではそれが何でなのかわからないんですよね。目利きの樋口さんがこんなに褒めてくれるなんて(笑)。
樋口 僕は目利きじゃないけど(笑)。
椰月 今までとはちょっと違うタイプの読者さんたちが、この作品には引っかかってくれたような気がして、それがすごい意外でした。
樋口 書いてる側にとって意外なことってあるよね。「良い」って言ってくれるのは嬉しいんだけど、ポカンとしちゃうみたいな(笑)。「へえ」とか「ふーん」っていう感じになっちゃうよね。
椰月 そう。だから不思議なんです。樋口さんがこんなに褒めてくれて、持ち上げてくれて(笑)。
樋口 だって作品の冒頭から素晴らしいじゃないですか。「小さなおじさん」ですよ、最初の1ページから。これ、”金色の無駄話”(by GREAT3 “Summer’s Gone”)なんですよ。これがなくても作品は成立すると思うんだけど、あることによって物語世界が圧倒的に豊かになるんです。椰月さんはこういうのが書けるんだよね。
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