物語を通して何を描くのか
樋口 『その青の、その先の、』は、メランコリックでもノスタルジーでもないんですよ。「〇〇っぽい」と言われるような作品でもないし、「等身大」っていうやつでもないんですよ。リアルともまた違うのに、傑作なんだよ。これが不思議なんだよ。
椰月 すごい褒めてくれるなぁ(笑)。
樋口 音楽で言うと、ハードロックじゃないけれども、パンクでもないし、グランジと、ひとことで言い表せない。ジャンルにおさまらないけど、とにかくいいっていうのがあるけど、椰月さんの作品の良さの本質って、そこにあると思ったんですよ。ジャンルの枠におさまらない。万人に伝わる素晴らしさと、うるさ型を唸らせる素晴らしさを兼ね備えてるの。
椰月 ジャンルって、出たものをわかやすく見せるために分類してるだけですよね。
樋口 そうなんだよ。だから「こういうジャンルの傑作です」じゃなくて、「この小説は面白いです」って真っ直ぐ言える強さがあるんだよね、椰月さんの作品には。椰月さん、「王様のブランチ」に出た時も「生の肯定を書いてきたし、これからも書き続けたい」って言ってたじゃないですか。たとえばこの本の中でも、椰月さんが本を書き続ける理由みたいなものを登場人物に託して言わせるみたいなところがあるんだよね。64ページなんだけど、主人公のまひるの彼氏・亮司の「落語ってさ、人間のやさしさとか愚かさとか醜さとか全部あるの。おれたちみんな、生きて正解って思えるんだよ。とにかくすげえいいんだよ」という台詞。「落語」を「小説」に変えたら、そのまま椰月さんの作家としての思いじゃないですか。
椰月 おおっ。そんなことを言ってくれるなんて(笑)。本当にその通りなんです。自分の信念っていうか、自分が考えてることを小説に入れたいっていうのはあります、すごく。でも、それを書けるようになったのは、樋口さんのおかげでもあるんですよ。
樋口 え?
椰月 私、自分が思っていることをきちんと作品に閉じ込めたいという思いがあったんだけど、そういうのを押し付けたくないし恥ずかしいから、抑えていた部分があったんです。でも、樋口さんの『日本のセックス』を読んで、思い切って書いていいんだと思って。自分の書きたいことを堂々と書いていいんだ、っていう衝撃を受けたんです。『日本のセックス』を読んで以降は、それまでよりものびのびと書けるようになったと思うので、感謝しています。
樋口 お恥ずかしい……とんでもないことでございますよ。
椰月 樋口さんの作品で最初に読んだのがあれだったんです(笑)。
樋口 ああ、ありがとうございます。でも今日は椰月作品の魅力を語り尽くすのが主旨だから、話を戻しますね。
(構成:編集部 写真:小嶋淑子)
※この対談は全3回です。次回は11月21日(木)に掲載予定です。