自分本来の輪郭を保つ
ある経営者は、「自分がトレーニングをするのは、自分本来の輪郭(りんかく)をしっかり保つためだ」と言っている。
私にトレーニングを依頼してくるクライアントには、仕事で成功し、若くして大金を手にした人も少なくない。彼もその一人で、自由に使えるお金を手にして、最初のうちは車を買ったり、高いお酒を飲み歩いたりしたのだが、やがてそんなことをしても何の意味もないことに気づいた。そんなときに、トレーニングをしようと思い立ったのだという。
きっかけは健康にいいからぐらいの軽い気持ちだったが、次第に、厳しい課題を自分に課すことで、気分が整ってくるのを感じるようになった。「トレーニングによって自分の正しい輪郭さえ常に確認していれば、仕事上、誤った方向に行きそうなときも、すぐに察知して修正できる」とも言っている。
ビジネスで成功すれば、まわりからチヤホヤされる。自分が人間としてビッグになったように思ってしまう。剣道をしたことがある人は分かると思うが、竹刀(しない)のような長い棒を持っただけで自分が強くなったような気になる。それと似たようなものだ。
でもジムに来ればそうではない。
よく「銭湯や温泉に行けば、偉い人もそうでない人も、みんな同じ。裸のつきあいができる」と言う。それと同じで、ジムに行ったら金持ちだろうと貧乏だろうと、いまの自分のありのままの肉体をさらすしかない。
「オレは金を持ってるぞ」と言っても、「懸垂(けんすい)ひとつ、できないのか」と言われればそれまでだ。こればかりはごまかしようがない。代わりに誰か部下にやらせるわけにもいかない。
会社に行けば権力者かもしれないが、実際に走ったら5分も走れない、10キロのバーベルも上がらない。そのふがいなさを自覚すれば、自分がビッグな人間だ、などという幻想は即座に打ち砕かれる。
人は体を鍛えている人を無条件で尊敬する。
たとえばマラソンランナーがテレビでインタビューされているのを見ると、言っていることにウソがないな、と感じる。やはりあれだけの身体能力を持ち、パフォーマンスを発揮するということは、何年も同じことを淡々と続けられる精神力がなければ無理に決まっているのだ。だからこそ、体力がある人、体を鍛えている人、肉体的に自分を律している人に対して、人は自然と尊敬や信頼を寄せる。
そのような尊敬や信頼に支えられて抱く自信は本物だ。
言ってみれば、トレーニングとは、地位も肩書きも抜きにした、素のままの自分を客観的に認識し、それを磨き上げる作業なのだ。
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