シンギュラリティという言葉をご存じですか。聞いたことはあるけど、「いったい何?」と思っているかたがほとんどかもしれません。
News Picks編集長・佐々木紀彦さんも「AI入門の決定版だ」とお薦めの『シンギュラリティ・ビジネス――AI時代に勝ち残る企業と人の条件』。著者の齋藤和紀さんが、これからの社会を考えるうえで欠かせない、AIに並ぶ大注目のキーワード「シンギュラリティ」について解説します。
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孫正義氏、社長続投の理由は「シンギュラリティ」だった!
未来を変えるテクノロジーとして、いまもっとも多くの人々が注目しているのは、お
そらくAI(人工知能)だろうと思います。それと同時に、あるキーワードがメディアでクローズアップされるようになりました。それは、「シンギュラリティ」という言葉です。
この言葉が日本国内で広まるきっかけをつくった一人は、ソフトバンクCEOの孫正義氏ではないでしょうか。孫氏は、2016年6月、AIの進化について熱弁をふるい、「シンギュラリティがやってくる中で、もう少しやり残したことがあるという欲が出てきた」と、シンギュラリティが社長続投の理由であったと発言したのです。それ以来、数年前まではごく一部の人たちしか知らなかった「シンギュラリティ」という言葉が一般に注目されるようになりました。
しかし私の見るかぎり、「シンギュラリティ」という言葉は必ずしも正しく理解され
ていません。多くの日本人が誤解しているようなので、まずはその正確な意味をお伝え
するところから始めましょう。
シンギュラリティは、もともと「特異点」を意味する言葉です。数学や物理学の世界でよく使われる概念です。たとえば宇宙物理学の分野では、ブラックホールの中に、理論的な計算では重力の大きさが無限大になる「特異点」があると考えられ、それが重大な問題になります。もちろん、孫正義氏が「見てみたい」といったシンギュラリティは、ブラックホールとはまったく関係がありません。こちらはただの特異点ではなく、正式には「技術的特異点(テクノロジカル・シンギュラリティ)」といいます。それがいまは、単に「シンギュラリティ」といえば、この技術的特異点のことを意味するようになりました。
この狭義の「シンギュラリティ」という概念が定着したのは、米国の発明家であり未来学者、AIの世界的権威であるレイ・カーツワイルが2005年に発表した著作が発端です。著作のタイトルは『The Singularity is Near』。日本では2007年に『ポスト・ヒューマン誕生』というタイトルで、また2016年にはエッセンス版が『シンギュラリティは近い』というタイトルで、いずれもNHK出版より刊行されています。
カーツワイルは天才の中の天才ともいうべき人物で、持っている博士号の数は20以上。2012年からは、グーグル社でAI開発の技術責任者を務めています。過去に3人の米国大統領からホワイトハウスに招聘(しょうへい)されたほどですから、米国社会では絶大な信頼と尊敬を得ているといえます。
カーツワイルは著作のなかで、ある予言をしています。それは、「技術的特異点」と呼ばれる現象が、2045年に起きるということ。これこそが、孫氏が「見たい」といったシンギュラリティにほかなりません。
日本では、カーツワイルの予言したシンギュラリティのことを「AIが人類の頭脳を追い越すポイント」だと理解している人が少なくありません。コンピュータ技術の専門家でも、そのように説明している人がいます。しかし、そうだとすると、何をもって「AIが人間を抜いた」というのかよくわかりません。たとえば「アルファ碁」の活躍に見るように、囲碁という分野で見れば、AIは既に人間を抜いたと言うこともできます。
またコンピュータと人間の知能を比較する「チューリング・テスト」というテストがあるのですが、カーツワイルは、2020年代の前半にはAIがこのテストに合格すると予測しています。「AIが人間を超える」というのはかなりの確度で近い将来に起こると予測される事象であり、少なくともカーツワイルのいうシンギュラリティはそれとは別の話だということになります。
では、カーツワイルのいうシンギュラリティとは何なのでしょうか。カーツワイルは2045年に何が起こると予言したのでしょうか。
シンギュラリティ・ビジネス
2020年代、AIは人間の知性を超え、2045年には、科学技術の進化の速度が無限大になる「シンギュラリティ」が到来する。そのとき、何が起きるのか? ビジネスのありかた、私たちの働き方はどう変わるのか?