「東京2020」は大きなメルクマール
いずれにしろ、テクノロジー進化によって人間や社会のパラダイムがどう変化するかは、これから数年のあいだにかなり見えてくると思います。その中で、私たち自身の進化の方向性も、何らかの輪郭を持ち始めるかもしれません。
その意味で、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年は、日本人と日本社会にとって、ひとつの大きなメルクマールになります。世界最大のスポーツの祭典は、「テクノロジーの祭典」にもなるからです。
たとえば、外国からの旅行客に対応するために募集している通訳ボランティアは、2020年には不要になっているかもしれません。AIの翻訳能力や会話能力が格段に向上すれば、スマートフォンやイヤホン型デバイスなどを介して、誰でも外国人とコミュニケーションできるようになるからです。
また、テレビやメディアの中継技術もこれまでのオリンピックとは様変わりするのではないでしょうか。会場から遠く離れた場所でも、バーチャル・リアリティによって競技を体感できるようになるかもしれません。それも、ただスタンドから観戦するのとは違います。360度カメラなどを駆使することによって、あたかも自分がウサイン・ボルトと一緒にトラックを走っているかのような気分になれるのです。サッカーなら、ゴールキーパー目線で試合を体験することもできるでしょう。視覚や聴覚だけでなく、触覚、嗅覚、味覚などあらゆる感覚が「リアル」になる可能性もあります。
私が経営に関わるベンチャーのSpectee 社は、ディープラーニングによる画像認識を使い、インターネット上の膨大な投稿から人が検索するよりはるかに速く最新ニュースを探し出し、報道機関向けに提供するサービスを行っています。みなさんが見ているテレビの事件・事故のニュース映像は、実はAIがネット上の膨大な情報から探し出してきているものが多くなっています。オリンピックではスマートフォンを持ったすべての人がメディアとして活躍することでしょう。
もうひとつ、オリンピックの風景を一変させる可能性を持っているのは、ドローンです。2018年に「みちびき」という準天頂衛星が稼働するようになれば、自律飛行型のドローンが都市の上空を飛び回るようになるはずです。
ドローンは、まさにいま「潜行」の段階を終えて「破壊」の局面を迎えようとしています。価格は9カ月ごとに半額になるペースで下がっているといわれていますし、小型化も進みました。あとはバッテリーの問題が解決すれば、一気に進化のカーブが上昇します。それを見据えて世界中のベンチャー企業もいっせいに動き始めました。これも私が経営に関わるベンチャー企業ですが、自律飛行型ドローンで太平洋を横断する物流ネットワークを構築しようと考えています。
大量の小型ドローンを群制御し自律飛行できるようになれば、それをオリンピックの開会式や閉会式で使わない手はありません。自律飛行型は、ドローン同士がお互いの位置をセンサーで認識するので、編隊飛行が可能です。数百台、数千台のドローンが、イワシの群れのように編隊飛行しながら、陣形をさまざまに変えて空中に絵を描く。そんな演出を考えているクリエーターは、すでにいるだろうと思います。
それ以外にも、多くの新しいテクノロジーが、2020年のオリンピック・パラリンピックを彩り、世界を驚かせるに違いありません。1964年の東京オリンピックは戦後日本の復興の象徴といわれましたが、今回は「第4次産業革命」を象徴し、シンギュラリティを予感させる歴史的なイベントになるわけです。
このタイミングでオリンピック・パラリンピックの開催国になったことは、日本にとって幸運なことだといえます。これをきっかけに、日本社会にエクスポネンシャル思考が根づき、シンギュラリティに向けた態勢が整うことを願ってやみません。
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本にはAI研究第一人者・中島秀之先生との特別対談も収録。ぜひ『シンギュラリティ・ビジネス――AI時代に勝ち残る企業と人の条件』をお読みいただけると幸いです。
シンギュラリティ・ビジネス
2020年代、AIは人間の知性を超え、2045年には、科学技術の進化の速度が無限大になる「シンギュラリティ」が到来する。そのとき、何が起きるのか? ビジネスのありかた、私たちの働き方はどう変わるのか?