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2017.12.06 公開 ポスト

『プライド』の冒頭50ページを特別先行公開!

髙田延彦 vs ヒクソン・グレイシーの真実が、20年の時を経て、初めて明かされる。金子達仁(ノンフィクション作家)

 1995年10月9日、東京ドームには観客動員の新記録となる6万7000人の大観衆が集まった。髙田たちが予想した通り、ふたつのプロレス団体がプライドを賭けた全面対抗戦は、とてつもない熱を呼び起こしたのである。

 髙田は、メインイベントで同学年の武藤敬司と戦った。

 お互いの団体の誇りを賭けた対抗戦ではあったが、これも自流試合の延長であることに変わりはなかった。

 それでも、新日本側には不安があったという。髙田が、プロレス界に存在する〝一線〟を越えてしまうのではないか。そんな噂が囁かれていたからである。

 確かに、髙田には前例があった。北尾との一戦で、一連の交渉で元横綱のプロレスに対する侮蔑を強く感じ取っていたキング・オブ・スポーツの信奉者は、渾身の力を込めたハイキックを北尾のこめかみに叩き込み、ノックアウトしてしまったのである。

 新日本プロレス側が恐れたのは、その再現だった。

 それは、あながち見当違いな不安でもなかった。

 リングへ向かう花道を歩きながら、リングに上がってガウンを脱ぎながら、そしてゴングを聞いて武藤と向かい合ってもなお、髙田の中にはある衝動が蠢いていたからである。

〝越え〟ちまおうかな──。

 ここで武藤を倒せば、Uインターと自分こそがキング・オブ・スポーツ、キング・オブ・プロレスだと満天下に示すことができる。きっと、すっかり忘れかけていた胸のすくような思いを、存分に味わうことができる。

 そんなことをすれば大変な騒ぎになることは、十分にわかっていた。けれども、それでもかまわないと内なる自分が囁くほどに、この頃の彼はすべてにおいて投げやりになっていた。

 だが、結果的に髙田は負けた。武藤にドラゴンスクリューから4の字固めを極められた上での、ギブアップだった。

 その瞬間、三塁側のダッグアウトに陣取っていた新日本プロレスの幹部は、髙田はちゃんと役割を果たした! と言わんばかりに喜んでいたという。

 ではなぜ、髙田は一線を越えなかったのか。内なる衝動に身を委ねなかったのか。

 武藤に対する感情的なしこりが皆無だったから、だった。

 同じ釜の飯を食った時期は短かったが、髙田と武藤は同学年であり、タッグを組んで1987年に行われたジャパンカップ争奪タッグ・リーグ戦に出場している。お互いにベロンベロンになるまで飲み歩いたことも一度や二度ではない。

 自分と同じプロレスの世界に生き、そしておそらくはプロレスの世界に生きる者ならではの苦悩と向き合ってきたであろう男に、北尾にしたのと同じ仕打ちをすることが髙田にはできなかった。

 もうひとつ、カネの問題も無関係ではなかった。

 新日本プロレスとの対抗戦は、10月9日の1回だけでなく、2回、3回と継続して行われていくことが決まっていた。髙田対武藤戦の結果を受けてその次は、といった具合にシリーズ化していくことになっていた。

 ここで一線を越えてしまえば、当然、次はなくなる。

 次がなくなれば、Uインターが借金を返済する道は、ほぼ断たれる。

 プロレスラーとして、Uインターの社長として、髙田は約束を守ることにした。

 その結果──。

 彼が子供の頃から大切にしてきた何かが、この日、死んだ。

 大切にしてきた何かによって、殺された。

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金子達仁 ノンフィクション作家

1966年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒。サッカー専門誌の編集部記者を経て、95年独立。96年、Sports Graphic Number誌に掲載された「断層」「叫び」で、ミズノスポーツライター賞受賞。『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』『ターニングポイント』『泣き虫』『熱病フットボール』など著書多数。近著には、義足アスリート・中西麻耶の壮絶な生き様に迫った「ラスト・ワン」がある。

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