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来るべき民主主義

2019.02.21 公開 ポスト

市民が行政権力に関わることができないという民主主義の欠陥――沖縄県民投票について考えるために國分功一郎

行政権にオフィシャルに関われる制度とは

方向性は確認できたとして、では、行政権に民衆がオフィシャルに関われる制度としてどのようなものが考えられるだろうか?

ここでは私が思いついているものだけを列挙する。後述するように(第四章参照)、そうした制度は数が多ければ多いほどよい。近代の政治理論は、あらゆる政治イシューを議会という一つのアリーナに集約し、そこですべてを決するという一元論的な体制を構想してきた。それに対し本書は、問題の性格に合わせて様々な制度を活用できる、決定プロセスを複数化した体制を提案する。

本書が提案する制度の一つは住民投票である。住民投票は行政が決定した政策に対し、住民が明確な意思表明を行う手段として有効である。現在のところ法的な拘束力はなく、一種のアンケートのようなものであるが、議会や行政がその結果を完全に無視するということは難しく、かなりの効果をもつ。ただ多くの場合、実施にまで至るのが難しい。住民投票の実施を請求しても、議会がこれをほとんどの場合斥(しりぞ)けてしまうからである。この点に改良の余地がある。

また、国は一時期、大型公共施設を対象とするものに限り、住民投票に法的拘束力を持たせる制度の導入を検討していた。2011年2月には、総務省がそのための地方自治法の改正案をまとめていたのだが、地方の首長および議会からなる団体「地方6団体」がこれに猛烈に反発し、改正案が反故(ほご)にされたという経緯がある。大変残念ではあるが、しかしこの事実は、住民投票に法的拘束力を持たせることが現実に可能であることを示している。改正案の再検討が望まれる。

次に審議会などの諮問機関の改革。諮問機関は、政治家や役所が、ある案件について専門家を集め、そこで審議された内容をもとに政策決定を行うという組織である。しかし、多くの場合、そこに出席している委員の顔を見ただけで結論が見えると言われる。政治家や役所は、自分たちの政策の後ろ盾を得るために、検討するような振りをしてこうした組織を立ち上げることも多い。

したがって、その構成には何らかの制限が加えられねばならない。そして、これは問題の性格によって個別具体的に判断しなければならないものだが、住民・国民が必ず一定数参加できるようにしなければならない。今でも地方では住民が審議会に参加できる仕組みはある。しかしこれも形骸化している。

また、これは特に地方での活用が期待されるものだが、この諮問機関を発展させた制度として、住民と行政の双方が参加するワークショップが考えられる。行政が決めて住民に説明するのではなく、行政と住民が一緒に考えるのである。

ただしこれには条件がある。役所から数人の人が来て、住民が何人か参加しただけでは、議論がうまく進められるわけがない。したがって、議論をうまく進めるための専門家が必要である。そこで、ファシリテーターと呼ばれる専門技能をもった人に参加してもらう。住民参加のためにはこのような専門家が必要である。それが第三者機関によって提供されれば、住民の政治参加は現実のものとなる。これは既に行われていることである。

最後にパブリック・コメント。現在、行政が何かを行う際には周知期間を設け、広く意見を公募することが義務づけられている。しかし、いかなる意見が多数を占めようとも、当初の行政の決定が覆されることはなく、「広く意見を集めた」という言い訳のための手段に成り下がっているとの指摘が多い。

この指摘はもっともだが、むしろここで留意すべきは、パブリック・コメントすら集めないのはさすがにマズイという雰囲気が既に浸透しつつあるという事実である。つまり、行政の方でも、自分たちにあまりに強い権限が与えられていて、民衆の意見に全く耳を傾けずに事を進められるという現状に疑問をもち始めている。この意識を制度に反映させねばならない。特定の意見が一定数あるいは一定の割合を占めた場合には、当該事案の再検討を義務づけるなど、パブリック・コメントを形骸化させない制度が求められる。

議会制民主主義には様々な問題がある。だが、議会制度そのものを根本から改変するのは難しい。しかし、そこに様々な制度という強化パーツを足し、議会制民主主義を補強していくやり方ならば実現は難しくない。制度を少しずつ増やしながら、たえまなく民主主義を強化していくことができる。もちろん、前文に挙げた制度だけでは十分ではない。今後、様々な制度が強化パーツとして考案されていく必要がある。

國分功一郎『来るべき民主主義―小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』

2013年5月、東京都初の住民直接請求による住民投票が、小平市で行われた。結果は投票率が50%に達しなかったため不成立。半世紀も前に作られた道路計画を見直してほしいという住民の声が、行政に届かない。こんな社会がなぜ「民主主義」と呼ばれるのか?そこには、近代政治哲学の単純にして重大な欠陥がひそんでいた―。「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」と住民運動に飛び込んだ哲学者が、実践と深い思索をとおして描き出す、新しい社会の構想。

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國分功一郎

1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は哲学・現代思想。著書に『スピノザの方法』(みすず書房)、『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、第2回紀伊國屋じんぶん大賞受賞、増補新版:太田出版)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)、『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)、『近代政治哲学』(ちくま新書)、『中動態の世界』(医学書院、第16回小林秀雄賞受賞)、『原子力時代における哲学』(晶文社)、『はじめてのスピノザ』(講談社現代新書)など。訳書に、ジャック・デリダ『マルクスと息子たち』(岩波書店)、ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)など。

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