平目の部屋を頭の中につくった湯山さん
植島 寿司屋のカウンターにひとりっていうのは、今でもけっこうハードル高いでしょう。
湯山 「男子ひとり寿司」のほうも無理だっていわれますもん。
植島 そんなにお金取られないお店もあるけれど、読んでると、やっぱりちょこちょこっと30分食べただけなのに、25000円とか。
湯山 「次郎」でしょう。恐るべき。苦痛ですよ、あそこは。
植島 詐欺ですよね。
湯山 しかしですね、「次郎」すごいですよ、やっぱり。
植島 「すきやばし次郎」ね。
湯山 誤解を恐れずにいえば、一流寿司を食べつけている人ならば、その群雄割拠のなかで、いかに次郎がすごいかわかると思う。でも、そうじゃない人が25000円払うんだったら、費用対効果悪すぎ。ただ私は、最初はどちらかというと、「ホントかいな?」という疑いのまなざしで行ったんですけどもね。しかしながら、最初に出てきた平目っていうのはね、一生忘れない。脳の中で、平目の味をいまでも反芻できますね。だから一種の音楽と同じだよね。人生の喜びの極意は、頭の中にいろんな小部屋をたくさんつくるってことですよ。それは体験や教育によって開かれるんです。寿司も『官能教育』ですよね。いいものを取りつけていくなかで、「すきやばし次郎」の平目の部屋を私はつくった。私、食べることは大好きなんですけど、B級グルメとか、どうでもいいの。おいしいなぁという味は家庭料理でもけっこうみんなつくることができる。ただ勝負している一流のものは、払ってまで食べる意味はありますね。
植島 いまおひとりで、出張寿司みたいなのやってるんですよね。
湯山 そうそう、美人寿司ね。私がイベントなに出向いて寿司を握るんですよ。着物着て、日本髪のかつらかぶって寿司を握っています。でもね、ネタは一流なんですよ。だって、私、「あら輝」の店主、荒木さんに寿司教えてもらったことがあって、弟子と公称していいことになってる(笑)。まぁ、しゃれですけどね。
植島 それはすごい(笑)。やっぱり「あら輝」は日本一ですか。
湯山 私は好きですね。寿司屋っていうのは同じぐらいの世代で気の合う職人と、一緒に年取って死ぬのがいいんですよね。「あら輝」の彼はいま全盛期でしょうけれど、彼が70代になった時に変化していくと思うんですよ。体力もなくなって、ユルいものになっているかもしれない。しかし、その境地が楽しみ。私だって年取ってますからね。黒澤映画もそうじゃない。私が黒澤監督で好きなのは、『夢』ですから。ダメになってからがヤバいです。
植島 どうしようもない映画ですけどね。
湯山 ダメになるところがいいっていうのは、またちょっとしたデカダンですね。
植島 それは、大事なことですけどね。本でもね、たとえば江戸川乱歩は最初の頃はすごい耽美的な小説を書いて、もう谷崎潤一郎か、江戸川乱歩かって言われつつあったのに、『少年探偵団』に行っちゃうじゃないですか。
湯山 いいですよね。ひゅっと行っちゃった(笑)。
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