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2014.07.28 公開 ポスト

香山リカ×湯浅誠対談 国論が二分される時代をどう生きるか

第1回
弱者は「無垢で清らか」でないといけないの?香山リカ/湯浅誠


企業と家族が力を失い、「納税者の反乱」が始まった


湯浅 そう思いますが、香山さんがお書きになっているように、80年代以降は自己責任論が強まる一方だった、というわけでもないんじゃないでしょうか。
 民主党政権時代に内閣府参与として政治を近くで見た経験から思うんですが、小泉政権が終わってしばらくは、「格差是正」「弱者救済」の機運は高まっていました。私自身はあまり「弱者救済」という言葉は使いませんけど。

香山 湯浅さんの『反貧困』がベストセラーになったのが2008年で、鳩山内閣が誕生したのが2009年。その頃ですね。

湯浅 リーマン・ショック後の自民党政権、および2009年に与党になった民主党は「格差是正」を謳い、神野さんや宮本太郎さんなどが理論的なバックボーンになって、ユニバーサルな政策を掲げた。民主党自身のガバナンスの問題やマネジメントの問題もあり、世論的にも受け入れられなくて、結局うまくいかなかったわけだけど、この時期、ささやかな揺り戻しはあったんだと思います。
 もっと大きな流れの中でも振幅はあって、戦後の高度経済成長期に日本がヨーロッパ型福祉国家を目指したことがあったでしょ。福祉国家元年の宣言が1973年でした。でもそれがオイルショックで頓挫して、79年には「日本型福祉社会」という言葉になって路線変更した。小刻みにはずっと揺れ動いてきたと思うんです。
 ただ、最近の風潮について言えば、原因は「納税者の反乱」だ、というのが私の考えです。
 今、富裕層でも貧困層でもない、中間層の暮らしがキツくなってきている。中間層は、これまで行政政策の対象ではなかったでしょ? 企業と家族で包摂されていて、政府が援助しなくても自分たちでやっていける人たちということになっていたから。
でも、今は企業も家族も力を失って、中間層が守られなくなっている。それなのに、公的な援助は相変わらず貧困層ばかりに向けられている。これに対して、「俺たちだって大変なのに、何だよ」と異議申し立てをしている。今起きているのはこういうことなんじゃないかと、私自身は思っています。

香山 そうだよね。まじめに保険料を払ってきたのに年金が消えたとか、将来もらえないかもしれないとか、不安を煽る話題も多かったし。

湯浅 年金の所得代替率は下がると言われている。給料から天引きされる社会保険料も上がっているけど、給料は上がらない。平均的サラリーマンの月々のお小遣いが、3万円だって言うでしょ?

香山 昼食代も入れて。

湯浅 そうそう。だから、昼はワンコイン弁当で済ませたりする。そうやって、カツカツ、キュウキュウの中で何とか子育てしたりしている中間層の人たちからすると、自分たちは「放置されてる感」があるんじゃないかな。

香山 でも、中間層の「放置されてる感」が、なぜ弱い者叩きに向かってしまうのかは、やっぱり疑問なんです。現状が不満なら上を引きずりおろすとか、政府に対して反乱するとか、ほかにもやり方はありますよね。

湯浅 不満の矛先が上に向かわないのは、「勝つ人は努力している人」「困っている人は努力が足りない人」というメッセージが強くあるからかもしれませんね。

香山 でも弱い人たちを叩けば、いずれ自分の首を絞めることになりかねないのに。自分たちだって、いつそっち側になるかわからないんだから。

湯浅 理屈で言えばそうですけど、「明日は我が身」というのは、なかなかピンと来ないんですよ。野宿のおじさんがよく言うのは、「路上に出るその日まで、まさか自分がそうなるとは思わなかった」ということ。これ、ほとんど決まり文句です。本当にみんなその瞬間まで、自分がそうなるとは思っていない。

香山 そうなる可能性があることを頭では理解できたとしても、心理的に認めたくないのかもしれないですね。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

湯浅誠

1969年東京都生まれ。東京大学法学部卒。2008年末の年越し派遣村村長を経て、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長など。2014年4月法政大学教授に就任。NHK「ハートネットTV」レギュラーコメンテーター、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」レギュラーコメンテーター、朝日新聞紙面審議委員、日本弁護士連合会市民会議委員なども務める。著書に、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版)、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞した『反貧困』(岩波新書)『岩盤を穿つ』(文藝春秋)、『貧困についてとことん考えてみた』(茂木健一郎と共著、NHK出版)など多数。

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