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2014.07.28 公開 ポスト

香山リカ×湯浅誠対談 国論が二分される時代をどう生きるか

第1回
弱者は「無垢で清らか」でないといけないの?香山リカ/湯浅誠


みんなが助け合う社会のほうがうまくいく?


香山 湯浅さんは、もし世の中がもっと豊かになって、みんなが経済的に潤って余裕ができたら、社会は包摂の心をまた取り戻すかもしれないと思いますか。

湯浅 とてもありそうにない想定ですけどね。景気が良くなったぐらいじゃだめで、国家財政が劇的に好転しないと。財政がこれだけ厳しいと、税金を取られることに対する恐れとか、年金が払われなくなることに対する恐れなどが消えないと思うので。

香山 だとしても、結局はお金さえ潤沢にあればいいということ?

湯浅 本を書いたのは香山さんなんだから、私に聞かれても(笑)。

香山 私としては、そうであってほしくないという気持ちがあるんですよね。「お金が余っているときなら分けてやってもいい」とか、「自分の存在が脅かされそうになったときに弱い人を切り捨てるのは、生き物としての本能だ」なんていうんじゃ、何かちょっと単純すぎるというか。
 だって私たちは昔から、「みんなが助け合う社会のほうがうまくいく」という根拠のない信念を持って、苦しい中でも何とか踏みとどまって頑張って、ここまで弱者を排除しない社会をつくってきたわけじゃない?

湯浅 そこが難しいところなんじゃないかな。『弱者はもう救われないのか』のような本を私が書くとしたら、私は「みんなが助け合う社会のほうがうまくいく」ということを主張するスタンスを取ったと思います。つまり、包摂型社会のほうが経済も発展する。

香山 湯浅さんが言う「うまくいく」とは具体的にはどういうこと?

湯浅 たとえば介護離職の問題があります。働く意欲も能力もある人たちが、家族の介護をするために、この5年間で50万人も労働市場から撤退してしまっている。これは社会の損失です。今、上場企業に勤める50代の16%の人が親が要介護状態ですが、これが2025年には31%にも及ぶ。ということは部長とか取締役とか、企業で中心になって働いている人たちが介護離職していくことになるので、それはいくらなんでも社会的にまずい。こんなふうに問題を立てれば、単なる「弱者救済」じゃないと理解してくれる人は増えるんじゃないでしょうか。

香山 もっと介護職の給料を上げるとか?

湯浅 それもあるし、行政の手の回らないところは市民でサポートしていくとか。

香山 でもそう言うと、「じゃあ、企業で中心になって働いていない人、役職についていない人は離職してもいいのか。価値のない人は放っておいていいのか」という反論が出てくるよね。

湯浅 私はそれに対しては、「その人の価値を引き出すのが社会の力量だ」と言いたいです。たとえば障害認定というのは、「できないこと」に注目して等級を判定しますね。ヒジがこれ以上伸びないとか、歩けないとか。そうじゃなくて、その障害者にもできることがある、それを引き出すのが社会の役割だ、と考えるんです。
 何言ってるんだという人もいるかもしれないけど、「こっちのほうがおもしろいよ」「ソーシャルなことって、明るいし楽しいし、クールでしょ」と言いたい。

香山 本にも書いたけど、価値と言ってもいろんな物差しがある。重度の障害があって働けなくても、「雇用を生んでいるから役に立っている」、つまり介護やケアをする人たちの仕事を生み出している。そういう見方もありますよね。

湯浅 「価値がある」というときの言い方の問題ですよね。「どんな人でも役に立つ。そういう力を引き出すことが私たちの社会の役割だ」と言うのか。「人間は存在するだけで価値がある。役に立たなくてもいいじゃないか」という言い方をするのか。言い方一つでずいぶん違ってくる。

香山 最近、引きこもりの人が自分のことを自嘲的に、「自宅警備員」と称しているじゃない? この間、引きこもりに関する精神科医の研究会に行ったら、症例の資料に、「職業:自宅警備員」って書いてあったの。その先生は自宅警備員っていう言葉を知らなかったみたいで、本人の申告をそのままカルテに書いて、「今、自宅警備という仕事があるらしい」って(笑)。
 でも自宅警備員だって、セコムみたいにパソコンで遠隔地の高齢者を見守るとか、そういう仕事は十分できると思うんですよ。

湯浅 そういうことだと思います。たとえば、おばあちゃんたちの居場所をつくって、そこで子どもを見てもらっている間、お母さんが働きに出ることができれば、おばあちゃんたちのお茶飲み会は生産性のある活動ということになる。そういうことができるのが、人間の価値を引き出す社会だと思いますね。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

湯浅誠

1969年東京都生まれ。東京大学法学部卒。2008年末の年越し派遣村村長を経て、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長など。2014年4月法政大学教授に就任。NHK「ハートネットTV」レギュラーコメンテーター、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」レギュラーコメンテーター、朝日新聞紙面審議委員、日本弁護士連合会市民会議委員なども務める。著書に、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版)、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞した『反貧困』(岩波新書)『岩盤を穿つ』(文藝春秋)、『貧困についてとことん考えてみた』(茂木健一郎と共著、NHK出版)など多数。

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