「一生誰の目にも触れずに人生を終える人」に価値はあるか
香山 私自身は、人間は誰の役に立たなくても、存在しているだけで価値があると思いたい。極端な想定だけど、一生誰の目にも触れずに、一人の部屋で過ごして人生を終えた人がいたとしても、その人に価値はあると思うんです。
この考え方は宗教なら説明しやすくて、「誰も見ていなくても神は見ている」とか、「あらゆる人間は神に愛されている」などと言える。たとえばこの間、聞いた話なんだけど、ボルネオかどこかのジャングルには、ものすごく美しいコガネムシがいる。ほとんど誰の目にも触れることがない。でもキリスト教では、「その七色に輝く羽は神様のために美しいのだ」と言うそうですよ。その虫が子孫も残せず死んだとしても、そこに存在していたことを誰にも知られずに一生を終えたとしても、神様は生きることを祝福しているという考え方をする。
できれば宗教を使わずに、「あらゆる人には生きる権利と価値がある」ということを理屈で説明できればいいんですけど、いろいろ考えても本を読んでも、どれもこれもピンと来ない。100%は腑に落ちないというか、「これだ!」というのがないというか。
湯浅 だからこそ、神様が登場したのかもしれませんけどね。
香山 もう一つ、これで説明できそうな気が少ししているのが、「失って初めてわかる、無駄なものの価値」ってあるでしょ? 社会システム論なんかでも、「リダンダント」、「冗長性」みたいなものが見直されている。
昔はちょっと精神を病んだような人も、病院に隔離されることなく、地域の中にいましたよね。遠巻きにするところはあっても、「そういう人もいる」といって受け入れていた。
湯浅 「おもらいさん」とか、普通にいましたからね。
香山 そうそう。中沢新一さんなんかは、文化というのは、そういうマージナルな存在、「周縁」からしか生まれないと言ったわけです。社会のなかの薄暗いものを排除して、すべてを明るみに引きずり出してしまったら、そこからはもう何も生まれない。
大学なんかもそういうところがあると思うんですよね。今の大学って、あらゆる場所に死角がないように設計されている。別に1カ所で全部監視しているということではないけれど、物陰があると、セクハラとか、ひどいときは犯罪行為を誘発しかねないから、それを防ぐために、死角をなるべく少なく設計するんだって。湯浅さんが教えている法政大学はどうですか。
湯浅 そういう目で見たことがないから、気付かなかったな。
香山 死角ができないように設計してしまうと、男女がハグできる場所もない。そこから始まるロマンスとか、おしゃべりとか、いろいろなものが生まれなくなる。
湯浅 香山さんが言う「無駄なものの価値」というのは、すごく広い意味でのソーシャルキャピタル(社会関係資本)なんじゃないかな。ちょっとした遊びとか陰みたいなものを含む「ソーシャルキャピタル」があることで、人は成長する。アメリカでベストセラーになったパットナムの『孤独なボウリング』が、そういう本でした。
香山さんが言うように、社会が「役に立たない無駄なもの」とみなしたものを排除してきたという流れはたしかにある。だけど、ソーシャルキャピタル重視の発想というのは、今、非常に受け入れられやすくなってると思うんですよね。
(構成 長山清子)
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