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2017.12.06 公開 ポスト

『プライド』の冒頭50ページを特別先行公開!

髙田延彦 vs ヒクソン・グレイシーの真実が、20年の時を経て、初めて明かされる。金子達仁(ノンフィクション作家)

 一時的ではあるにせよ、溜まりに溜まった鬱憤が消えていくような楽しい酒だった。いつもの髙田であれば、自分で自分がコントロールできなくなるまで痛飲し続けたことだろう。

 この日の彼は、違った。

 西山たちを驚愕させた酒の量に関していえば、いつもとほとんど変わらなかった。だが、この日の彼は酔わなかった。いや、もちろん相応に酔いは感じていたのだが、心の中に1カ所、不思議なぐらい素面な部分が残っていた。

 自分より1歳年下になる、榊原信行というサラリーマンに対する興味が、素面を保たせていた。

「いつの段階だったかなあ、ウチの健ちゃんだったか営業の人間だったか、『いい報告があります!』って喜び勇んで飛んできたことがあったんだ。『名古屋でK-1を担当してる会社が、今回の名古屋興行に全面協力してくれることになりました!』って」

 飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を拡大しつつあったK-1は、当時の髙田にとって羨望の的でしかなかった。

「こっちは地上波の放送がない中、四苦八苦しながらやってる。それに比べてK-1にはフジテレビがついてるし、スポンサーは日清食品だったからね。スポーツ新聞、テレビもこぞって取り上げるようになってた。そういうところに関わってる会社が、Uインターを応援してくれる。力を貸してくれる。心強い、ありがたいっていうのが率直な感想だったかな」

 当初は1995年10月9日に端を発した新日本プロレスとの全面対抗戦を名古屋で、というのがUインター側の目論見だったが、新日本側との調整がうまく進まなかったため、興行は当初の思惑とはだいぶ違ったものになってしまった。

 それゆえ、肩すかしを食らった形になった榊原は密かに「この人たちと仕事をすることは、もうないだろうな」との気持ちを固めていたのだが、髙田がそんなことを知るよしもない。興行が終わるとすぐ、彼は榊原に声をかけた。

「打ち上げでもしませんかってね。ま、ナンパみたいなもんかな。こっちとしては、あの若さでK-1を担当しているってのはどういう人間なんだろうっていう、純粋な興味があったし、俺らがK-1みたいな存在になるためにはどうしたらいいのか、上にのし上がっていくためには何をすべきなのか、そういうことも聞いてみたかったから」

 髙田は、名古屋場所のために前乗りしていた寺尾に声をかけた。いくら何でも初対面の人間と1対1は気まずい。どれほど東海テレビ事業の若手社員がやり手であったとしても、人間として馬が合わなかったら目もあてられないことになる。気心の知れた寺尾が同席してくれることになったのは、大いに心強かった。

 おまけに、2軒目のラウンジに広島カープの選手たちがいたことで寺尾のテンションは一気に上がり、それに連鎖する形で髙田のテンションも跳ね上がった。

「こっちも試合が終わった後でアドレナリンは出てるから、いつも以上にF1みたいな飲み方になっちゃったんだけどね。最初からブワーッてぶっ飛ばして。もちろん、カープの選手だけじゃなく、バラちゃんにも分け隔てなく」

 まだインターネットは社会に浸透しておらず、SNSなどは生まれてさえいなかった。写真週刊誌にさえ気をつけておけば、著名人がハメを外すことはさほど難しくない時代だった。

 ゆえに、名古屋のラウンジで髙田たちはハメを外すことができた。

「いまではまず許されないことだと思うんですよ。でも、あの時代は全員がパンツ一丁になって飲むなんて無茶が許されて、パンツ一丁になってひたすら酒を飲んだことで、あの場にいたみんなの気持ちがひとつになった。西山さんにしても正田さんにしても、それからバラちゃんにしても、普通だったら乗り越えられない壁みたいなのを乗り越えて溶け合うことができた。それが大きかったよね」

 普段は酒を飲まない者からすると、悪夢にも近い飲み会だったはずだが、弱いながらも場の空気を乱すまいと服を脱ぎ、必死に飲み続ける榊原に髙田は好感を抱いた。

 時計の針は深夜というよりもあと何時間かすれば空が白んできそうな時間帯に差しかかりつつあった。西山たちは撃沈寸前の態で酒場をあとにし、早朝6時から稽古のある寺尾もそろそろ席を立とうかということになった。

 酒宴は、ようやくお開きになった。

 寺尾は一人でタクシーに乗り込んだ。髙田は、榊原が手配したタクシーでホテルまで送ってもらうことになった。Uインターの大会に東海テレビ事業が関わっていたことを考えれば、ごく自然な流れである。

 髙田は、出会ってから初めて、榊原と二人きりになった。

 ほどなくタクシーは最初の目的地である髙田が宿泊しているホテルに到着した。ここで髙田は下車し、タクシーは残された榊原を彼の自宅まで運ぶ予定だった。

 タクシーの自動ドアが開いた。考える間もなく、髙田の口から言葉が飛び出していた。

「バラちゃん、もう少し飲もうよ」

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金子達仁 ノンフィクション作家

1966年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒。サッカー専門誌の編集部記者を経て、95年独立。96年、Sports Graphic Number誌に掲載された「断層」「叫び」で、ミズノスポーツライター賞受賞。『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』『ターニングポイント』『泣き虫』『熱病フットボール』など著書多数。近著には、義足アスリート・中西麻耶の壮絶な生き様に迫った「ラスト・ワン」がある。

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